操業日誌をデジタル化して作業を効率化する方法
はじめに
長年培われた経験と勘は、漁師の皆様にとってかけがえのない財産です。そして、その日の漁模様や天候、漁獲量などを記録した操業日誌や漁獲記録は、その経験を形として残し、後世に伝えるための大切な道具です。しかし、手書きでの記録は時間がかかりますし、後で見返したり、過去のデータと比較したりするのに手間がかかると感じる方もいらっしゃるかもしれません。
ここでは、伝統漁法に新しい技術を取り入れ、日々の操業記録をデジタル化することで、どのようなメリットがあり、具体的にどのような方法があるのかをご紹介します。難しい操作は必要ありません。少しの工夫で、日々の作業負担を減らし、これまでの経験をさらに活かす道を探ります。
なぜ今、操業記録のデジタル化なのか
操業日誌や漁獲記録をつけることは、漁業を営む上で様々な意味を持っています。
- 経験の蓄積と分析: 過去の記録を見返すことで、特定の時期や天候における漁場の状況や漁獲傾向を把握できます。これは次の操業計画を立てる上で貴重な情報となります。
- 漁業経営の見える化: 漁獲量だけでなく、かかった経費(燃料費など)や時間なども合わせて記録することで、収支の把握や改善点の発見に繋がります。
- 報告義務への対応: 行政や漁協への報告書類作成の基礎となります。
- 後継者への伝承: 経験を「データ」として残すことで、勘や感覚だけでは伝えにくい客観的な情報を、若い世代に分かりやすく伝えることができます。
これらを全て手書きで行うには、どうしても時間と労力がかかります。また、過去の膨大な記録の中から特定の情報を見つけ出すのは大変な作業です。デジタル化は、これらの課題を解決するための一つの有効な手段となり得ます。
デジタル化で得られる具体的なメリット
操業日誌や漁獲記録をデジタル化することで、主に以下のようなメリットが期待できます。
1. 記録にかかる時間の短縮と負担軽減
- 音声入力の活用: スマートフォンやタブレットを使えば、話しかけるだけで文字を入力できます。手が濡れていたり、揺れる船上でも比較的容易に記録をつけられます。
- 定型文や候補入力: 頻繁に使う魚種名や漁法などは、登録しておけばすぐに呼び出せます。入力の手間が省けます。
- 自動記録との連携: GPSを使った位置情報や、設置したセンサーによる水温などのデータは、対応するシステムを使えば自動で記録される可能性があります。これにより、手入力の項目を減らすことができます。
2. データの管理・検索が容易に
- 整理の手間削減: デジタルデータは自動的に整理されます。紙のように紛失したり、順番が入れ替わったりする心配が減ります。
- 素早い検索: 特定の日付、魚種、漁場などの条件で、過去の記録を瞬時に探し出すことができます。
- データのバックアップ: クラウドサービスなどを利用すれば、万が一端末が故障したり水没したりしても、データを失うリスクを低減できます。
3. 過去の経験を「見える化」し、操業に活かす
- 傾向分析: 過去数年分のデータを集計・分析することで、「この時期のこの漁場では、〇〇という魚が多く獲れる傾向がある」「特定の潮汐では漁獲量が伸びやすい」といったパターンを発見しやすくなります。
- グラフ化: 漁獲量の推移や燃料費の変化などをグラフにすることで、状況を視覚的に把握しやすくなります。
- 客観的な判断材料: 経験に加え、数値に基づいた客観的なデータが加わることで、より確度の高い操業判断に繋がる可能性があります。
4. 報告書作成や情報共有の効率化
- 集計・出力: デジタル化されたデータは、必要な形式に集計したり、印刷したりするのが容易です。行政や漁協への報告書作成にかかる時間を大幅に削減できる可能性があります。
- 家族や仲間との共有: 必要に応じて、記録データを家族や同じ漁場の仲間と共有することで、連携を深めたり、知識を共有したりすることが考えられます。
どんな技術やツールがあるのか
操業記録のデジタル化に使える技術は、身近なものから少し専門的なものまで様々です。
- スマートフォン・タブレットのメモ機能/表計算アプリ: 最も手軽な方法です。日報のように簡単な記録をつけることから始められます。Excelなどの表計算アプリを使えば、簡単な集計も可能です。特別な費用はかかりません。
- 操業記録専用アプリ: 漁師向けに開発されたスマートフォン・タブレット用アプリがあります。漁獲量、魚種、漁場(GPS連携)、天候、使用漁具などを簡単な操作で記録できるように工夫されています。無料のものから有料のものまであります。専門的な機能が多い分、使い始めるのに少し慣れが必要な場合もありますが、漁業に特化しているため便利です。
- クラウド型漁業支援システム: 陸上のパソコンや事務所と連携し、より詳細な経営管理や複数船での情報共有を目的としたシステムです。操業記録機能も含まれていることが多いです。高機能な分、導入費用や月額利用料がかかることが多く、操作もやや複雑になる可能性があります。
- 自作の簡易システム: パソコンが得意な方であれば、Excelのマクロや簡単なプログラミングで自分にとって使いやすい記録ツールを作成することも技術的には可能です。ただし、これには専門的な知識が必要となります。
まずは、今お使いのスマートフォンやタブレットで、メモや簡単な表計算から試してみるのが始めやすいかもしれません。ご自身の使い慣れた方法や、必要な機能に合わせてツールを選ぶことが重要です。
導入にあたっての懸念事項と課題
新しい技術を取り入れる際には、いくつかの気になる点もあるかと思います。
- 初期費用: スマートフォンやタブレットをお持ちでない場合は、端末の購入費用がかかります。また、有料アプリやシステムを利用する場合は、別途費用が発生します。
- 操作に慣れるまで: 紙の手帳に書き慣れている方にとって、最初はデジタル端末の操作に戸惑うことがあるかもしれません。しかし、最近のアプリは直感的に操作できるよう工夫されていますし、まずは簡単な機能から使ってみるのが良いでしょう。
- 故障や水没のリスク: 船上での使用は、水濡れや衝撃のリスクがあります。防水・耐衝撃性能の高い端末を選んだり、防水ケースに入れたりするなどの対策が必要です。また、データのバックアップをこまめに行うことも重要です。
- インターネット環境: アプリによっては、データの保存や共有にインターネット環境が必要な場合があります。オフラインで記録でき、後でまとめて送信できる機能があると便利です。
- データの見方・活用: データを記録するだけでなく、それをどう見て、どう漁業に活かすかという点が最も重要です。最初は難しく感じるかもしれませんが、簡単な集計から始めてみると良いでしょう。
これらの課題に対し、販売店やメーカー、漁協などがサポート体制を整えている場合もあります。一人で抱え込まず、相談してみることも大切です。
まとめ
操業日誌や漁獲記録のデジタル化は、伝統的な漁業のやり方を大きく変えるものではありません。むしろ、これまで手書きで積み重ねてきた貴重な経験やデータを、より効率的に管理し、未来に活かすための「新しい道具」と捉えることができます。
記録にかかる時間の短縮、過去データの素早い検索、そしてそれを基にした操業の振り返りや経営改善は、日々の負担を減らし、持続可能な漁業に繋がる可能性があります。
もちろん、すぐに全てをデジタルに切り替える必要はありません。まずはスマートフォンのメモ機能を使ってみる、簡単な無料アプリを入れてみるなど、できることから少しずつ始めてみてはいかがでしょうか。新しい技術を賢く取り入れ、これまでの経験をさらに輝かせていくことを応援しています。