燃費節約の隠れた鍵 船底付着防止技術で漁業コストを削減
船底の汚れが漁業経営に与える影響
長年漁業に携わる多くの皆様は、船底に付着する貝や海藻といった生物(付着生物)が、船の速度に影響することをご経験からご存知かと思います。実はこの付着生物は、速度だけでなく、燃費にも大きな影響を与えています。
船底が汚れると、海水の抵抗が増加します。同じ速度を維持するためには、より多くのエンジン出力を必要とし、結果として燃料の消費量が増えてしまいます。燃料費は漁業経営において大きな割合を占めるコストの一つですから、この燃費悪化は直接的に収益を圧迫する要因となります。
定期的な船底の清掃は欠かせませんが、これも時間や労力がかかります。また、せっかくきれいにしても、海に入れば再び付着が始まってしまいます。こうした状況に対し、近年では新しい技術を活用した付着防止策が登場しており、燃費改善とコスト削減、さらにはメンテナンスの手間軽減につながると期待されています。
付着生物対策の技術的アプローチ
船底の付着生物への対策には、いくつかの技術的なアプローチがあります。主なものとして、以下のような技術が挙げられます。
- 高性能防汚塗料: 付着生物が定着しにくいように、特殊な成分や表面構造を持つ塗料を船底に塗布する方法です。
- 水中船底清掃技術: 船をドックに入れることなく、海上で船底の汚れを効率的に除去する技術です。
- 物理的な付着防止技術: 船底に振動を与える、微弱な電流を流すなど、生物が付着しにくい環境を作る技術も研究されています。
今回は、漁業の現場で比較的導入しやすいと考えられる「高性能防汚塗料」と「水中船底清掃技術」に焦点を当ててご紹介します。
高性能防汚塗料の進化
船底に塗る防汚塗料は、古くから使われてきましたが、近年その性能が大きく向上しています。従来の塗料は、生物にとって有害な成分を少しずつ溶け出させることで付着を防ぐものが主流でした。しかし、環境への配慮から、より安全で効果の高い塗料が開発されています。
例えば、「SPC(Self-Polishing Copolymer)塗料」と呼ばれるタイプは、海水中で塗料の表面が少しずつ削れていく(自己研磨性)ことで、常に新しい有効成分が表面に現れ、付着生物が定着しにくい状態を長く保ちます。これにより、従来の塗料よりも防汚効果の持続期間が長くなり、ドック入りの間隔を延ばせる可能性があります。
また、「Foul Release(付着離型)塗料」というタイプもあります。これは、有害な成分を使わず、塗膜の表面を非常に滑らかにすることで、付着した生物が船の航行中に水の抵抗で剥がれ落ちやすくする仕組みです。特に高速で航行する船に効果的とされますが、低速で操業する漁船でも、一定の付着防止効果が期待できます。環境負荷が少ない点も注目されています。
メリットとデメリット、コスト感
- メリット: 一度塗れば効果が長く持続するため、定常的な燃費改善が期待できます。清掃の手間を減らせるほか、ドック入りの頻度を減らすことにも繋がる可能性があります。
- デメリット: 従来の塗料に比べて初期費用が高価な場合があります。塗布には専門的な知識や設備が必要なため、ご自身で行うのは難しいでしょう。塗料の種類によっては、特定の海域での使用に規制がある場合もあります。
- コスト感: 塗料の種類や船の大きさにもよりますが、従来の塗料と比較して費用は高くなります。しかし、その後の燃費改善効果やメンテナンス費用の削減を考慮すると、数年で費用対効果が得られる可能性があるとされています。
水中船底清掃技術の活用
高性能な防汚塗料を塗っていても、長期間の操業や特定の海域によっては、やはり付着生物は避けられません。船をドックに入れるのが難しい場合や、すぐにでも燃費を改善したい場合に有効なのが、水中船底清掃技術です。
これは、ダイバーや専用の水中清掃ロボットを使って、船が海に浮いたまま船底の付着生物を物理的に除去する方法です。
メリットとデメリット、コスト感
- メリット: 船をドックに入れる必要がないため、操業を中断する期間を最小限に抑えられます。清掃後すぐに効果が現れるため、即効性があります。
- デメリット: 定期的に行う必要があります。清掃方法によっては、船底に塗った防汚塗料を傷めてしまうリスクがあります。海域によっては水中清掃自体に許可が必要な場合もあります。費用は一度の清掃ごとに発生します。
- コスト感: 船の大きさや付着の程度、依頼する業者によって費用は異なりますが、一度あたり数万円から数十万円程度かかる場合があります。
導入を検討する際のポイント
高性能塗料や水中清掃技術の導入を検討する際には、以下の点を考慮することをおすすめします。
- ご自身の船と操業スタイル: 船の種類、大きさ、主な操業海域、稼働日数によって最適な方法は異なります。
- 付着の状況: ご自身の船の船底がどの程度汚れているか、どのような生物が多く付着しやすいかを確認します。
- 費用対効果: 初期費用だけでなく、燃費改善による燃料費削減額、ドック費用や清掃費用、効果の持続期間などを総合的に判断します。
- 専門家への相談: 信頼できる造船所や船底塗装・清掃の専門業者に相談し、ご自身の状況に合った最適な提案を受けることが重要です。補助金制度などについても情報収集してみると良いでしょう。
まとめ
船底の付着生物対策は、燃費を改善し、燃料費という大きなコストを削減するための有効な手段です。長年の経験で培われた操業技術に加え、高性能な防汚塗料や水中船底清掃といった新しい技術を賢く取り入れることで、より効率的で、収益性の高い漁業経営を目指すことができます。
技術は日進月歩で進化しています。ご自身の船底の状況や経営課題に合わせ、どのような対策が考えられるか、専門家に相談してみる価値は十分にあるでしょう。こうした新しい技術が、皆様の伝統的な漁業をさらに強く、持続可能なものにする一助となれば幸いです。