漁獲データとコストを分析 長年の経験にデータで「科学」をプラスする経営術
はじめに:経験に「確かな裏付け」をプラスする
長年にわたり海で培われてきた経験や勘は、漁師さんにとって何物にも代えがたい財産です。海の状況を読み、魚の群れを見つけ、安全に操業するための知恵は、データだけでは決して得られません。しかし、時代の変化とともに、燃料費の高騰、魚価の変動、後継者不足といった厳しい課題に直面することも増えています。
このような時代だからこそ、長年の経験に「データ」という科学的な視点をプラスすることで、より安定した、そして収益性の高い漁業経営を目指すことができます。この記事では、漁獲データや操業にかかるコストを記録し、分析することが、どのように日々の漁や経営判断に役立つのかを具体的にご紹介します。
現状の課題:勘に頼りがちな経営判断とコスト管理
「あの場所は昔からよく獲れる」「今日の潮ならこっちだろう」。ベテラン漁師さんのこうした判断は、多くの経験に基づいた非常に価値のあるものです。一方で、以下のような課題を感じている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
- 「頑張って操業しているのに、どうも収益が安定しない」
- 「何にいくら費用がかかっているのか、大まかには分かるけれど正確には把握できていない」
- 「特定の漁法や漁場で、どれくらい効率よく漁獲できているのか比べにくい」
- 「漁獲量や燃料消費量を、後で見返せるようにちゃんと記録できていない」
こうした状況では、どこに改善の余地があるのか、どの部分を効率化すれば収益が上がるのかといった経営判断が、感覚的になりがちです。特に、燃料費や資材費などが高騰する中で、コストを正確に把握し、削減策を考えることは、経営を安定させる上で非常に重要になります。
データ活用の可能性:見える化と分析で経営を強くする
ここで技術の出番です。難しいシステムを導入するのではなく、まずは「記録する」「見える化する」ことから始めることができます。
例えば、日々の漁獲量(魚種、量、サイズ)、漁獲場所、操業時間、使用した燃料量、餌代、漁具の修繕費、人件費などを、簡単なツールを使って記録していくのです。これらのデータを貯めていくと、様々なことが見えてきます。
- 特定の漁場や時期の漁獲効率: どの場所で、どの時期に、どれくらいの時間操業すれば、最も効率よく漁獲できるか。
- 漁法ごとの収益性: 複数の漁法を行っている場合、どの漁法がコストに見合う漁獲をもたらしているか。
- コストの内訳: 燃料費、餌代、修繕費など、何にどれくらいの費用がかかっているか。無駄はないか。
- 天候や潮汐との関連: どのような気象条件や潮の動きの時に漁獲量が多かったか(長年の経験をデータで裏付け、新たな傾向を発見する)。
これらのデータが「見える化」されることで、「長年の勘」と「客観的な数値」の両方に基づいた、より根拠のある経営判断が可能になります。
具体的なデータ活用のための技術・ツール
では、具体的にどのような技術やツールがあるのでしょうか。高価で複雑なシステムを想像する必要はありません。読者の皆様にとって身近で、導入しやすいものからご紹介します。
1. スマートフォンアプリ・タブレットアプリ
最近では、漁業日誌を記録するためのスマートフォンやタブレット向けのアプリが開発されています。
- 機能の例: 漁獲魚種・量、漁獲場所(GPS連携)、操業時間、燃料消費量、経費などを簡単に入力・記録。入力したデータを自動で集計し、グラフなどで表示。
- メリット: いつも手元にあるスマートフォンやタブレットで利用できる。操作が比較的簡単で直感的に使えるものが多い。クラウドサービスと連携すれば、データが自動でバックアップされ、自宅のパソコンなどでも確認できる。
- デメリット: アプリの操作に慣れる必要がある。無料のものから有料のものまであり、機能によってコストが変わる。船上での利用には防水・防塵対策が必要な場合がある。
- コスト感: 月額数百円~数千円程度のサービスが多い。無料トライアルがあるかも確認すると良いでしょう。
2. パソコン用ソフトウェア・クラウドサービス
より詳細なデータ管理や、過去のデータとの比較分析を行いたい場合は、パソコン用のソフトウェアやクラウドサービスも選択肢になります。
- 機能の例: 漁獲データ、経費データを詳細に入力し、漁場別、漁法別、期間別など様々な角度から集計・分析。経営状況をグラフやレポート形式で「見える化」。漁業計画の作成支援。
- メリット: 豊富な分析機能。複数の年のデータをまとめて比較分析できる。役所への提出書類作成をサポートする機能を持つものもある。
- デメリット: パソコン操作に慣れが必要。導入・利用コストがアプリより高くなる場合がある。
- コスト感: 初期費用がかかるものや、月額・年額で利用料がかかるものなど様々です。導入前に相談してみることをお勧めします。
3. 表計算ソフト(Excelなど)
特別なソフトウェアやアプリを使わずとも、パソコンの表計算ソフト(Microsoft Excelなど)を使って、ご自身でデータを記録・集計することも可能です。
- 機能の例: ご自身で列項目(日付、漁場、魚種、漁獲量、燃料費など)を決め、データを手入力。簡単な関数やグラフ機能を使えば、合計値を出したり、推移をグラフ化したりできる。
- メリット: 多くのパソコンにインストールされている。自由に項目を設定できる。コストがかからない(ソフトを既に持っている場合)。
- デメリット: 入力・集計・分析の全てを自分で工夫して行う必要がある。慣れるまでに時間がかかる。データ量が増えると管理が難しくなる場合がある。
導入の際の考慮事項
データ活用を始めるにあたり、いくつかの点に注意が必要です。
- まずは「記録する」習慣から: 最初から高度な分析をしようとせず、まずは日々のデータを正確に記録することから始めましょう。簡単な項目だけでも継続することが大切です。
- 使いやすいツールを選ぶ: 操作が難しすぎると、続けるのが苦痛になってしまいます。ご自身の技術レベルや、一緒に働く方々と相談しながら、最も使いやすいツールを選びましょう。無料トライアルを活用するのも良い方法です。
- 全てのデータを記録する必要はない: 最初は漁獲量と燃料費など、最も関心のある項目に絞って記録を始めてみるのも良いでしょう。
- データはあくまで判断材料の一つ: 最終的な経営判断は、データと長年の経験や勘、そして海の状況を総合的に考慮して行うことが重要です。データは「答え」ではなく、より良い判断のための「情報」として捉えましょう。
まとめ:データ活用で未来を切り拓く
伝統漁業の知恵は、計り知れない価値があります。それに新しい技術である「データ活用」を組み合わせることで、不確実性の高い海の仕事において、より安定した、そして持続可能な経営を目指すことが可能です。
データ分析と聞くと難しく感じるかもしれませんが、スマートフォンアプリでの簡単な記録からでも十分に始めることができます。日々の漁獲量や経費を「見える化」することで、今まで気づかなかった経営のヒントが見つかるかもしれません。
変化の時代だからこそ、長年の経験という確かな軸を持ちつつ、新しい技術を味方につけて、ご自身の漁業経営をさらに強くしていきましょう。少しでも興味を持たれたら、まずは簡単な記録から始めてみることを検討されてはいかがでしょうか。