技術で広がる新しい売り方 漁獲物の販路確保と収入安定のヒント
経験を活かし、新しい「売り方」にも目を向ける時
長年の経験で培った漁の腕前は、何物にも代えがたい宝です。しかし、残念ながら、どれだけ良い魚を獲っても、必ずしもそれに見合った収入が得られるとは限らない時代になってきました。市場価格の変動や燃料費の高騰、流通コストなど、様々な要因が漁師の収入を不安定にしています。
これまでは、市場に出荷することが主な「売り方」でした。もちろん、市場出荷には安定した取引先があるという大きなメリットがあります。一方で、価格は市場に委ねられるため、たとえ豊漁でも値段が下がってしまう「豊漁貧乏」といった課題も耳にします。
こうした状況の中で、長年の経験に加え、新しい「売り方」の工夫を取り入れることが、収入の安定や向上につながる可能性を秘めています。そして、その新しい売り方を始める上で、現代の技術が大きな手助けとなるのです。
販路拡大や直販に技術がどう役立つのか
技術と聞くと、「難しい」「自分には関係ない」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、ここでご紹介する技術は、高度な専門知識が必要なものではなく、日々の生活で少しずつ身近になってきているものがほとんどです。これらの技術をうまく活用することで、これまで市場頼みだった販路に加え、消費者や飲食店などと直接つながる新しい道を開くことができます。
技術が役立つ主な点は以下の通りです。
- 情報発信と信用構築: どんな場所で、どのように漁をしているのか。どんな魚が獲れるのか。こうした情報を消費者に直接伝えることで、魚への愛着や信頼感を高めることができます。
- 直接販売の機会創出: インターネットの仕組みを利用して、消費者が自宅から直接、漁師から魚を購入できる場を作ることができます。
- 顧客との関係強化: 購入してくれたお客様と継続的にコミュニケーションを取ることで、リピーターになってもらい、安定した収入につなげられます。
- 商品価値の維持・向上: 獲れたての鮮度を保ったまま消費者に届けるための技術も進化しています。
具体的な「新しい売り方」を支える技術
では、具体的にどのような技術があるのでしょうか。導入のしやすさや費用なども含めてご紹介します。
1. オンライン直販サイトやプラットフォーム
- これは何か: インターネット上にお店のページを作り、そこで魚を販売する仕組みです。自分で一からサイトを作るのは大変ですが、最近では漁業協同組合や地域の団体が共同で運営するプラットフォームや、個人でも比較的簡単に始められる販売サイト作成サービスが増えています。
- どう役立つか:
- 消費者に獲れたての魚を直接販売できます。中間マージンを減らせるため、市場出荷よりも高い収入に繋がる可能性があります。
- 自分で価格を設定できます。
- お客様の声を直接聞くことができます。
- 全国のお客様に魚を届けられる可能性があります。
- 導入のハードル:
- 初期費用や月額費用がかかる場合があります。(無料から高額なものまで様々です)
- 商品の写真撮影、説明文の作成、注文管理、発送作業などの手間が増えます。
- ある程度のパソコンやスマートフォン操作に慣れる必要があります。
- メリット・デメリット:
- メリット: 高い収益性、お客様との直接的な繋がり、ブランド化の可能性。
- デメリット: 運営の手間と時間、初期投資、ITスキルが必要。
- コスト感: プラットフォームを利用する場合、初期費用無料+販売手数料、または月額数千円〜数万円。自分で本格的なサイトを作る場合は数十万円以上かかることもあります。まずは地域の漁協や行政が提供する共同サイトがないか調べてみるのがおすすめです。
2. SNSを活用した情報発信と販売促進
- これは何か: FacebookやInstagramといった、インターネット上で様々な人と交流できるサービスです。文字だけでなく、写真や動画を手軽に投稿できます。
- どう役立つか:
- 今日の漁の様子、獲れた魚の紹介、海の風景などを写真や動画で発信し、多くの人に見てもらうことができます。
- 魚が獲れた際に「今日水揚げした〇〇、買い手募集中です!」といった情報を発信し、興味を持った人からの注文を受ける窓口にすることができます。(ただし、個人間取引はトラブルに注意が必要です)
- お客様からのコメントに返信することで、交流を深められます。
- 導入のハードル:
- アカウントを作るのは無料ですが、最初の設定に少し戸惑うかもしれません。
- 定期的に投稿を続ける必要があります。
- 顔写真や船の情報を公開することに抵抗があるかもしれません。
- 意図せず批判的なコメントがつくなどのリスクもゼロではありません。
- メリット・デメリット:
- メリット: 基本的に無料で始められる、手軽に情報発信できる、多くの人に見てもらえる可能性がある。
- デメリット: 直接的な売上につながるかは工夫次第、継続が必要、インターネット上のトラブルリスク。
- コスト感: 基本的に無料です。ただし、良い写真を撮るためにスマートフォンを新しくする、といった費用はかかるかもしれません。お孫さんや若い知人に使い方を聞いてみるのも良いでしょう。
3. 高鮮度輸送・梱包技術
- これは何か: 魚を獲れたての新鮮な状態でお客様に届けるための、梱包方法や保冷技術です。特殊な発泡スチロール、保冷剤、適切な下処理などが含まれます。
- どう役立つか:
- 遠方のお客様にも、獲れたての品質そのままに魚を届けることができます。
- 「あの漁師さんの魚はいつも新鮮だね」という評判につながり、お客様からの信頼を得やすくなります。
- 高鮮度を保てることで、魚の価値を高めることができます。
- 導入のハードル:
- 適切な梱包材や保冷剤のコストがかかります。
- 魚の種類や状態に合わせた適切な下処理や梱包方法を学ぶ必要があります。
- 運送会社との連携も重要になります。
- メリット・デメリット:
- メリット: 商品価値の向上、お客様満足度向上、リピート率向上。
- デメリット: 梱包の手間と時間、資材コスト、輸送コストの上乗せ。
- コスト感: 梱包資材は一つあたり数百円〜数千円。輸送費は通常の送料にクール便料金などが上乗せされます。
導入を検討する上でのポイントと懸念事項
これらの技術は、単独で使うよりも複数を組み合わせることで効果を発揮しやすいでしょう。例えば、SNSで漁の様子を発信してファンを作り、オンラインストアで直接販売し、高鮮度輸送でお客様に届ける、といった流れです。
ただし、新しいことを始める際にはいくつかの懸念があるかと思います。
- 初期投資: 技術によって費用は異なりますが、初期の設備投資やサービスの利用料が必要です。地域の補助金制度などが活用できないか、情報を集めてみる価値があります。
- 操作の難しさ: パソコンやスマートフォンの操作に慣れていない場合、最初は戸惑うかもしれません。しかし、最近のサービスは比較的簡単な操作で作られていますし、操作方法を解説する本や動画、地域のITサポートなども増えています。
- 手間の増加: 直販を始めると、漁の仕事に加えて、サイト管理、注文対応、梱包、発送といった新しい業務が増えます。全てを一人で抱え込まず、家族や協力者と役割分担をしたり、一部を外部に委託したりすることも検討できます。
- お客様対応: 直接お客様とやり取りするため、問い合わせへの対応なども必要になります。
まとめ:経験と技術で、漁業に新しい価値を
新しい技術を取り入れた「新しい売り方」は、長年培ってきた漁の経験と組み合わせることで、より効果を発揮します。経験に基づいた質の高い魚を、技術を使って適切に情報発信し、お客様に直接届けることができれば、「あの漁師さんの魚が欲しい」というファンが増え、収入の安定につながるだけでなく、漁業という仕事のやりがいも増すかもしれません。
ご紹介した技術も、日々進化しています。全てを一度に取り入れる必要はありません。まずは気になる技術について情報収集を始めたり、地域の漁協や行政に相談したり、すでに新しい取り組みを始めている他の漁師さんの話を聞いてみたりすることから始めてみてはいかがでしょうか。無理のない範囲で、できることから一つずつ試してみる価値は十分にあると言えるでしょう。