一人でも安心して漁に出るために 体調を見守る新しい技術
経験豊富な漁師の皆様へ 技術で「安心」をプラスする
長年、海と共に歩んでこられた経験豊富な漁師の皆様にとって、漁という仕事はまさに人生そのものかもしれません。培われた知識と勘は、何物にも代えがたい宝です。しかし、年齢を重ねるにつれて、体の負担や、万が一の事態に対する不安を感じることもあるかと存じます。特に、一人で漁に出る機会が増えているという声も聞かれます。
「沖合で体調が悪くなったらどうしよう」「もし船上で何かあったら、家族に心配をかけてしまう」――そういった不安は、安全な操業を続ける上で大きな懸念事項です。今回は、そうした不安を軽減し、より安心して、長く漁を続けるために役立つ可能性のある、体調を見守る新しい技術についてご紹介したいと思います。
漁師の体調管理が重要な理由と現状の課題
漁師の仕事は、自然相手の過酷な労働です。体力や集中力が必要とされる場面が多く、天候や海の状況によっては、予期せぬ危険に遭遇することもあります。特に年齢を重ねると、若い頃には感じなかった体の変化に気づくこともあるでしょう。
- 体力・集中力の低下: 長時間の作業や睡眠不足は、体力の低下や集中力の散漫を招き、事故のリスクを高める可能性があります。
- 持病や突然の体調変化: 高血圧や心臓疾患など、持病がある場合は特に注意が必要です。また、普段健康な方でも、船酔いや熱中症、あるいは突然のめまいや胸の痛みなど、予期せぬ体調不良に見舞われる可能性もゼロではありません。
- 単独・少人数での操業増加: 人手不足により、一人または少人数で漁に出るケースが増えています。万が一の際に、すぐに助けを求めることが難しい状況も考えられます。
- 家族の心配: 陸上で待つご家族は、沖合にいる皆様の安全を常に案じています。
こうした課題に対し、経験に裏打ちされた注意深さや事前の準備はもちろん重要ですが、それに加えて、技術がどのように貢献できるかを探っていきます。
体調を見守る技術とは
ここでご紹介する「体調を見守る技術」とは、主に漁師自身の体の状態を、センサーやウェアラブルデバイス(身につける小型機器)を使って継続的に計測・記録し、そのデータを活用することで、安全な操業をサポートするものです。
具体的には、以下のようなものが挙げられます。
- ウェアラブルデバイス(スマートウォッチ、活動量計など):
- 手首に装着し、心拍数、睡眠時間、活動量(歩数など)を計測・記録します。中には、血中酸素濃度や体温を測れるものもあります。
- メリットは、常に身につけていられる手軽さや、比較的安価な製品が多いことです。
- デメリットとしては、定期的な充電が必要なこと、精密機器のため衝撃や水濡れに注意が必要なこと、計測データが必ずしも医療レベルの正確性を持たない場合があることなどが挙げられます。
- 貼り付け型センサー:
- 皮膚に直接貼り付けて使用する小型のセンサーです。心電図に近い精度の心拍変動や、より詳細な生体情報を計測できるものも開発されています。
- メリットは、衣服の下に隠せるため作業の邪魔になりにくいことや、詳細なデータを取得できる可能性があることです。
- デメリットは、使い捨てであったり、貼り替えが必要であったりすること、比較的コストが高い場合があることなどが考えられます。
- (将来的な可能性)船に設置するセンサーとの連携:
- 漁船の揺れ方や、船上での体の動き(座り込みが続く、不自然な倒れ方など)を検知するセンサーと、個人の体調データを連携させることで、より総合的な異常検知が可能になるかもしれません。
これらの技術単体だけでなく、取得したデータをスマートフォンアプリや陸上のシステムと連携させることで、体調の変化を可視化したり、設定した異常値(例: 心拍数が異常に高い/低い、長時間動きがないなど)を検知した場合に、事前に登録した連絡先(家族や漁協など)に自動で通知を送る、といった仕組みも考えられます。
技術導入によるメリットとデメリット
体調を見守る技術を漁業に取り入れることで、以下のようなメリットが期待できます。
- 安全性の大幅な向上: 急な体調変化や、転倒などによる意識不明といった万が一の事態を早期に検知し、迅速な救助活動につながる可能性があります。特に単独操業時の「もしも」に備えられます。
- 健康状態の自己管理意識の向上: 自身の体調データを日々確認することで、生活習慣を見直したり、休憩を適切にとったりする意識が高まることが期待できます。
- 家族の安心: 漁に出ている間も、陸上の家族が状態を確認できる(設定による)ことで、心配を軽減できる可能性があります。
- 漁を続ける自信につながる: 万が一への備えがあることで、単独でも安心して漁に出やすくなり、長く現役として活躍するための自信につながるかもしれません。
一方で、デメリットや課題も存在します。
- 初期投資と維持費: デバイス購入の費用がかかります。高性能なものほど高額になる傾向があります。また、通信機能を使う場合は月々の通信費がかかる場合があります。
- 操作の習熟: スマートウォッチなどのデバイスは、スマートフォンの操作にある程度慣れている方が使いやすい場合があります。操作に慣れるための時間が必要かもしれません。
- 充電やメンテナンスの手間: 定期的な充電や、汚れの拭き取りなどのメンテナンスが必要です。
- 通信環境への依存: 沖合での通信環境が不安定な場合、データの送信や緊急通知がうまくいかない可能性もあります。
- プライバシーに関する懸念: 自身の体調データが第三者に見られることへの抵抗感があるかもしれません。誰がどのようなデータにアクセスできるのか、事前に確認が必要です。
- 万能ではない: 全ての体調不良や事故を完全に防いだり、検知したりできるわけではありません。あくまで安全を「補強」する技術として捉えることが重要です。
導入を検討する際のポイント
もし体調を見守る技術の導入に興味をお持ちになったら、以下の点を考慮して検討してみてはいかがでしょうか。
- 目的を明確にする: 「単独操業時の安全確保」「日々の健康管理」「家族への安心提供」など、主な目的を考えると、選ぶべきデバイスの種類が見えてきます。
- 使いやすさを重視する: ご自身の技術スキルや、日々の作業スタイルに合わせて、操作が簡単で、装着していても邪魔にならないものを選びましょう。可能であれば、購入前に実機に触れてみることをお勧めします。
- 防水・耐久性を確認する: 漁の現場は水や塩分、衝撃にさらされる可能性があります。それに耐えられる仕様であるかを確認しましょう。
- 必要な機能があるか: 心拍数だけ知りたいのか、睡眠時間も測りたいのか、GPSで位置情報も送りたいのかなど、必要な機能をリストアップしてみましょう。
- 通信方法と費用を確認する: スマートフォン連携が必要か、デバイス単体で通信できるか、月々の通信費用はいくらかかるかなどを確認します。
- サポート体制: 購入後の設定方法や、故障時の対応など、販売店やメーカーのサポート体制も重要な検討要素です。
いきなり本格的なシステムを導入するのではなく、まずは比較的安価な活動量計などを試しに使ってみて、ご自身の生活や仕事の中でどのように活用できそうか感覚を掴んでみるのも良いかもしれません。
まとめ:経験に技術の安心をプラスする
漁師としての長年の経験と知識は、何よりも尊い財産です。そして、新しい技術は、その尊い経験を否定するものではなく、むしろ「補強」し、これからの漁業人生をより豊かに、そして何よりも「安全」にするための道具となり得ます。
体調を見守る技術は、まだ進化の途上にあるものもありますが、正しく理解し、ご自身の状況に合わせて活用を検討することで、単独操業時の不安を軽減し、ご自身やご家族に「安心」をもたらす可能性を秘めています。
技術はあくまでサポート役です。最も大切なのは、ご自身の体調と向き合い、無理のない操業を心がけること。その上で、新しい技術が提供する「見守り」という安心感を、日々の漁にお役立ていただければ幸いです。